2010年
10月
30日
土
1982年、ビルボードのシングル・チャートを席巻したGo-Go’sの「ウィ・ガット・ザ・ビート」。日本でも大人気となり、スズキ・ジムニーのTVCMに5人のメンバー全員が出演したことは前回紹介したが、このガール・グループの中心的なメンバーだったのがベリンダ・カーライルだ。
Go-Go’sはルンルンした、今で言うパワーポップだったが、ソロに転向してからのベリンダは、イメージを“レディ”へとスライドさせていった。そして、87年の暮れ。Go-Go’s時代から通算しても初となる全米No.1ヒットとなったのがこの曲。2枚目のソロ・アルバムにあたる『ヘブン・オン・アース』からの第一弾シングルで、冒頭部分のコーラスにはママス&パパスのミッシェル(チャイナ・フィリップスの母親)とNo.1ソングライター、ダイアン・ウォーレンが参加しているのも話題になった。
もちろん、彼女の代表曲ともなったわけだが、じつはタイトルから出来上がったといういわくつきのナンバーでもある。当初はアルバムと同様、「ヘブン・オン・アース」だったのだが、曲作りの過程で“イズ・ア・プレイス”が追加された。のちのインタビューで、ベリンダはこの改題に関して「深い意味なんてない。ただ単に、符割の問題」と語っていた。そのコメントの通り、タイトルの響きがいいということで出来上がった曲だったのだ。
ところが、このタイトルを別の意味合いで気に入ってしまった男がいた。U2のボノだ。彼は、世界的に有名な環境保護団体“グリーンピース”の活動を支援する目的で、ポップ・ミュージシャンから曲を集め、『レインボウ・ウォリアーズ(グリーンピース・エイド〜地球の自然保護と調和)』というコンピレーションを制作しているときに、この曲に出会った。
コンピレーションのタイトル“レインボウ・ウォリアーズ”とは、ネイティブ・インディアンの神話に出てくる、地球が破壊されそうになったときに出現する“虹の戦士”のことで(ちなみに、グリーンピースの活動に使っている船もこの名前)、このことから“ヘブン・イズ・ア・プレイス・オン・アース”というタイトルに取り憑かれてしまったらしい。
歌詞を読めばわかるが、この曲はとくに地球環境のことを歌ったものではなく、むしろベリンダらしいラブ・ソング。だから、ボノからコンピレーションのオファーが来たときには、当のベリンダもびっくりしたようだ。
「私みたいなTOP40関係のアーティストがこんなプロジェクトに入れてもらえるのって、めったにないことよ。ポップ・ミュージックなんて世間的には意味のないものって思われてるし、通常なら私みたいなアーティストはこのプロジェクトには相応しくないでしょ。だから、本当に驚いたし、うれしかった」と語っている。
日本でもこれ以降、地球環境保護のテーマのもとさかんにこの曲が使われたが、ヒット曲の思わぬ進化と言えるのではないだろうか。
ところで、ラブ・ソングだというこの曲の歌詞には、ベリンダの恋愛に対するスタンスがよく表れている。かなりの情熱家という雰囲気なのだが、実際のところ彼女はプライベートでもかなりの情熱家なのだ。
Go-Go’s時代のこと。東京での予定をすべて終え、他のメンバーとともに機上の人となった彼女はしかし、1日後に日本に舞い戻ってきた。理由を聞けば、コトは単純。日本滞在中に知り合ったある青年に恋をして、アメリカに戻る機内で寂しくて寂しくてたまらなくなり、LAに着くなり荷物もほどかずに引き返してきたというのだ。もちろん、Go-Go’sの全盛期。いろいろとスケジュールもあったろうが、それをすべてかなぐり捨てての行動。まさに情熱の女と言えるだろう。この青年とは結局、東京の空の下のアバンチュールに終わってしまったが、この一件から梅酒党になったというエピソードも伝わっている。毎日のワーク・アウトと梅酒は今でも欠かさないということだ。
2010年
10月
28日
木
憂歌団のキャリアを一望したコンプリート・ベスト『Complete Best 1974-1997+LIVEアナログ』が10月27日にリリースされた。
2010年
10月
28日
木
今年1月に急逝した浅川マキの2枚組ベスト・アルバム『Long Good-bye』が10月27日にリリースされた。
2010年
10月
28日
木
原田知世の2枚組ライブDVD「Melting Sun & Ice Moon - Tomoyo Harada Live Tour 2010 eyja -」が10月27日にリリースされた。
2010年
10月
28日
木
10月27日、斉藤和義が約1年ぶりのニュー・アルバム『ARE YOU READY?』をリリースした。
2010年
10月
28日
木
DREAMS COME TRUEは、ライブツアー「POCARI SWEAT 30th SPECIAL LIVE ドリ×ポカリ~イキイキ!~」の初日のステージで11月30日にニュー・アルバム『LOVE CENTRAL』をリリースすることを発表してファンを驚かせたばかりだが、そのアルバム・リリースに先駆けて10月27日にニュー・シングル「LIES, LIES.」をリリース。
2010年
10月
26日
火
Go-Go’sの2ndアルバム『バケーション』は、キャッチコピーとして“スーパー・ルンルン・ミュージック”というコトバが踊っていることでもわかる通り、徹底したポップ路線で売り出された。
デビュー・アルバム『ビューティー・アンド・ザ・ビート』の頃から日本では“スーパー・ルンルン・ミュージック”というコトバが好んで使われていたが、じつはアメリカではスタート当初は“ガレージ・ロック”としてカレッジ・ラジオを意識した売り出し戦略が練られていた。
それもそのはず、ベリンダ・カーライルやジェーン・ウィードリン、シャーロット・キャフィはバリバリのパンク・ロック・ファンで、ラモーンズやテレビジョンに憧れてバンドをスタートさせたほどだったから。
そのあたりを反映して、Go-Go’sのレコード契約に手を挙げたのはパンク系に強いIRSレコードだった。
彼女たちの演奏は、お世辞にも上手いとは言えないものだったが、パンクというコトバが持つ響きが技術を超越してノリで勝負といったイメージを含んでいたため、女ばかり5人が揃ってパンキッシュなロックンロールをやっていると評判になり、デデビュー・アルバムは全米で大当たり。それが日本に飛び火したときには、どちらかと言えばスノッブなフィールドで話題になるという雰囲気だった。
ところが、そのうちに彼女たちが本来持っているキャピキャピとした空気に周囲が巻き込まれていき、気づいたときには“ルンルン・ミュージック”と呼ばれても何の違和感も感じないほどになってしまった、というわけだ。
そして、デビューから半年を経て「ウイ・ガット・ザ・ビート」が全米2位を記録する大ヒットとなった頃からポップス・フィールドでの認知度が飛躍的にアップし、82年の夏、2ndアルバムのリリース時には日本では“完全なるポップス”と呼ばれるようになっていた。ちょうどこのとき、初の来日コンサートがあり、それにあわせてメディアにも登場。“スーパー・ルンルン”ぶりを振りまいて、ルンルン度も格段に上がっていた。
さて、来日時にコンサート以外の大きなイベントがあった。
それは、Go-Go’sにとって初のTV—CF撮影。スズキ自動車の“ジムニー”のコマーシャルで、確か“今ジムニーを買うと好きなようにペイントできる”といったようなものだったと思う。
CF用の曲は「バケーション」。
当日は、曲に合わせてGo-Go’sの2大アイドル、ベリンダ・カーライルとジェーン・ウィードリンの、とびきりの笑顔をフィルムに収めるべく、撮影スタジオのなかはまるで大パーティーのごとく陽気な雰囲気を演出してメンバーを迎えたのだが…。
実際に収録の作業がスタートしてみると、衣装が気に入らないだの、ヘアーが決まらないだの、腹減った、疲れた、とわがまま盛りの20歳代の女性5人の攻撃に日本側のスタッフはほとほと疲れ果てることになった。ともあれ、完成したスズキ自動車のCFは素晴らしく、Go-Go’sのルンルンぶりを伝えて余りあるものとなり、「バケーション」は本国アメリカをしのぐヒットとなった。特に、女子高生への浸透のスピードが早く、日本語で書いたファンレターが所属のレコード会社のCBSソニーに大量に届くという事態も引き起こされた。
なかでも女の子に人気が高かったのがジェーン・ウィードリン。彼女は日本語会話学校に通っていて、カタコトの日本語でインタビューに答え、メンバーたちの即席の通訳を務めた。また、実力派のシャーロット、キャシー・バレンタイン、姉御肌のハードロッカー、ジーナ・ショックと、アイドルとして騒がれてわがまま放題のベリンダとの間で、ほのぼのと潤滑油の役割を果たしていた点も人気急上昇の理由だったのではないだろうか。
もっとも、そのジェーンとベリンダのソリが合わなくなって85年にバンドは解散。なんとも短いバンド生命だったと言える。しかし、ファンに強烈なインパクトを与えたその存在感は、その後何度かの再結成を実現することになる。しかも、リユニオンするたびに好評で、ついに2000年には全米21都市をまわるリユニオン・ツアーが実現。そして、翌2001年には15年ぶりとなるニュー・アルバム『God Bless the Go-Go’s』もリリースされた。
2010年
10月
23日
土
1987年に、ジョーン・ジェット主演で公開された映画「愛と栄光の日々〜ライト・オブ・デイ」をご覧になった方はどのくらいいるのだろうか。あまりヒットしなかった作品なので、その数は少ないかもしれない。
ジョーン扮するロックンロールに情熱を燃やす主人公が、マイケル・J・フォックス扮する弟とバンドを組み、母親に反発しながら売れない日々をロックにしがみついて過ごし、やっとチャンスをつかんだときに母親と死別…というストーリーなのだが、これがジョーン自身の実人生とじつによく似ていたという。
この映画の監督ポール・シュレイダーは、アメリカの労働者階級の子どもとして育ち、家族内の衝突、段で津、失業、貧乏といった自らの人生を描こうと思って脚本を書き始めたときにジョーンの「アイ・ラブ・ロックンロール」がヒットしていて、そこで彼女の歩んできた人生を知ることになった。シュレイダーは、彼女をモデルに脚本を書き進め、86年に脱稿した時点では主人公はジョーンをおいて他にいないと考え、歌以外には興味はないという彼女を口説き落として映画を完成させたのだった。
ジョーン・ジェットは、全員女性の“下着アクション”を売り物にしたランナウェイズの一員としてデビューしたが、色モノとしか見られず、ホンモノのロックンロールを追求したい彼女にとってはフラストレーションがたまる毎日だった。ランナウィズ解散後、ソロに転じても「ランナウェイズの…」という冠はついてまわり、彼女はランナウェイズと完全に決別するために新しいバンドを結成する。それがブラックハーツだ。
リッキー・バード、ゲイリー・ライアン、リー・クリスタルという新しい仲間を得て、デモテープを制作。「バッド・レピュテーション」というタイトルを付けられた曲のデモを携えて、ジョーンはレコード会社を回り始めた。しかし、CBS、EMI、RCA、クリサリス、アリスタと回るものの、どこからも色よい返事は得られず、やむなく自分でブラックハートというレーベルを設立して自費制作でアルバム『バッド・レピュテーション』を発売。これがインディーズで売れたことによって、ようやくボードウォーク・レーベルとの契約を勝ち取った。
そして、ボードウォーク・レーベルの名のもとに再び『バッド・レピュテーション』をリリースする一方、本格的に新作の制作をスタートした。そこで、プロデューサーのケニー・ラブーナのアイデアも取り入れて、アロウズというバンドの地味なレパートリーであった「アイ・ラブ・ロックンロール」をカバー。これが見事に大当たりして、全米No.1ヒットとなった。
すると、各メジャー・レーベルからはブラックハート・レーベルとの専属契約の好条件の誘いがいくつも持ち込まれたが、そうした誘いに対する返事をジョーンはPVに込めた。「アイ・ラブ・ロックンロール」がヒットした後に制作された「バッド・レピュテーション」のPVは、手のひらを返すようにすり寄ってきたメジャー・レーベルをあざ笑うという内容になっている。ジョーンにしてみれば、“何を今更”という気持ちだったのだろう。
ジョーンはこの時期のインタビューで、「自分のレーベルを運営するのは大変だけど、思った通りの音楽活動を続けていくためには私にとって最高の方法だったのかもしれない。その意味ではメジャー・レーベルのみなさんに“よくぞわたしを受け入れないでくれたわ”と感謝したいくらい」と、語っている。
事実、その後ボードウォーク・レーベルの倒産で経済的な支えを失ってもブラックハート・レコードは独自の活動を続け、ジョーンの“アイ・ラブ・ロックンロール人生”は変わっていない。そんな人生観に共感したポール・デュレイダーが撮った映画が「ライト・オブ・デイ」というわけだ。
ところで、「ライト・オブ・デイ」は本来「ボーン・イン・ザ・USA」というタイトルで脚本の第一稿は書き進められていた。その時期に、ポール・シュレイダーからアイデアを聞かされたブルース・スプリングスティーンが後にそのモチーフを発展させて「ボーン・イン・ザ・USA」を制作。そのお礼の意味を込めて、「ライト・オブ・デイ」はブルースの書き下ろしの新曲として、シュレイダー監督とジョーンにプレゼントされた。
2010年
10月
20日
水
岩崎宏美の人気カバー・シリーズ第5弾『Dear Friends V』が10月20日にリリースされた。
2010年
10月
20日
水
昨年、くるり主催の野外イベント「京都音楽博覧会」で共演したことがきっかけとなり、石川さゆりと奥田民生のコラボレーションが実現。10月20日にシングル「Baby Baby」をリリースした。
2010年
10月
20日
水
ムーンライダーズと小島麻由美のコラボレーション・シングル「ゲゲゲの女房のうた」が、“ムーンライダーズ feat.小島麻由美”名義で10月20日にリリースされた。
2010年
10月
20日
水
橘高文彦のデビュー25周年を記念したベスト・アルバム『DREAM CASTLE ~BEST OF FUMIHIKO KITSUTAKA~』が10月20日に発売された。
2010年
10月
20日
水
SIONのデビュー25周年記念アルバム『燦々と』が、10月20日にリリースされた。
2010年
10月
14日
木
BUCK-TICKがニュー・アルバム『RAZZLE DAZZLE』を10月13日にリリースした。
2010年
10月
14日
木
YO-KINGがニュー・アルバム『楽しい人は世界を救う』を10月13日にリリースした。
2010年
10月
11日
月
中西保志が、10月6日に人気カバー・シリーズ第四弾『Standards4』をリリースした。
2010年
10月
06日
水
EARTHSHAKERがKING RECORDS「NEXUS」レーベル時代にリリースしたアルバム6作品がリマスタリングされて紙ジャケット仕様で10月6日にまとめてリイシューされた。
2010年
10月
06日
水
浜田省吾がベスト・アルバム『The Best of Shogo Hamada vol.3 The Last Weekend』とDVD「僕と彼女と週末に」を10月6日に同時リリースした。
2010年
10月
06日
水
鈴木惣一朗率いるワールドスタンダードが、ニュー・アルバム『シレンシオ(静寂)』を10月6日にリリースした。
2010年
10月
06日
水
Chageが2年ぶりのニュー・シングル「まわせ大きな地球儀」を10月6日にリリースした。
2010年
10月
01日
金
稲垣潤一のデュエット・カバーシリーズ第3弾『男と女3 ‐TWO HEARTS TWO VOICES‐』が9月29日にリリースされた。