年末恒例、と言いながらここのところは年ごとにユニークな企画やジョイントが用意され、矢野顕子音楽を多角的に楽しむ場となっている“さとがえるコンサート”。
今回は、ピアノ/キーボードと作/編曲を担当する松本淳一、テルミンを操るトリ音、そしてオンド・マルトノ奏者の久保智美から成るユニットMATOKKUとの共演で、1994年にリリースされた矢野のアルバム『ELEPHANT HOTEL』を全曲演奏する、というのがあらかじめ予告された“お題”だった。
そこで当然、「なぜ20年前にリリースされたアルバムを今回取り上げることにしたのだろう?」という疑問が生じるわけだが、ステージを見て感じたのはやはりMATOKKUとの共演を前提に、というか、彼らとのアンサンブルの魅力を最も際立たせるであろう作品として、このアルバムがピックアップされたのだろう、ということだ。“象ホテル”というタイトルからしてなんともイマジナブルなこのアルバムに収められた楽曲たちは単にバラエティーに富んでいるというだけでなく、どこか“象ホテル”的な非現実感を内包している。そのなんとも説明のつかない感じを音楽的に局部肥大させるにはMATOKKUのサウンドは最適だ。しかも、それは例えばボカロ音楽の生身では有り得ない感じというのとは違って、テルミンにしてもオンド・マルトノにしても、じつにアナログな質感を醸し出しながら、しかし宇宙的に摩訶不思議な音世界を作り出してみせた。
その宇宙感をいっそう際出せたのが、スペシャル・ゲストの奥田民生だ。矢野のたってのリクエストに応えて歌った「スタウダマイヤー」の、身辺雑記の向こうに内省を含んだ詞世界と彼の生身な存在感を強く感じさせる歌声はMATOKKUの音世界とは好対照で、2曲目の「ラーメン食べたい」ではさらに、奥田ならではの無頼感みたいなものも漂ったから、その両者が矢野とともに共演した「すばらしい日々」は、地球から宇宙を見上げる視線と宇宙から地球を見下ろす視線が交差する点をつなぎ合わせて曲線を描くような音楽になった。
多くの曲でピアノを演奏せず、マイクの前で立って歌う矢野のボーカルは、敢えて言えばYANOKAMIのそれに近く、ということはいつにも増して器楽的で、だからこそ意味に縛られないMATOKKU流の自由な音の広がりがいっそう伸びやかに感じられたステージだった。