Vol.24 スティング「フラジャイル」 2010.12.26

ヒットの規模をはかる場合によく使われる尺度としてビルボード(米)のシングル・チャートの最高位というものがあるが、この尺度では表現できないヒット曲が生まれることもある。スティングの「フラジャイル」などは、その代表例と言えるのではないだろうか。

この曲、スティングの大ヒット・アルバム『ナッシング・ライク・ザ・サン』からシングルとしてカットされたものの、イギリスでは最高位70位止まり。アメリカではリリースされず。というわけで、お世辞にもシングル・ヒットしたとは言い難い。しかし、この曲が発表された87年から25年以上経過している現在でもネイチャー系のテレビ番組やドキュメンタリー映画にさかんに使われ、環境保全プロジェクト・アルバムにも好んでコレクションされている。つまり、“自然保護”のテーマ曲のように取り上げられ、隠れた大ヒット曲となっているのだ。

 

こうした現象は、

♪生身の体に鋼の刃が突き刺さり、流れた血が夕日に染まって乾いていくとき、明日にでも雨が降れば血痕は洗い流される。だけどぼくらの心を襲ったものはいつまでも消え去りはしない♪(中川五郎氏対訳より)

と歌われる歌詞に負うところが大きい。が、このメッセージが人々の心にダイレクトに届いていった背景には、もちろんスティング自身の活動がある。

 

アマゾンの熱帯雨林の危機を知ったスティングは「ブラジルの奥地、アマゾンのジャングルには地球上の緑の60%が集中しているが、開発、乱伐で消滅してしまう危機にある。地球上のどこの自然も大切なものだが、地球規模の環境の保全を考えたとき、アマゾンが最も象徴的だと思って、熱帯雨林救済プロジェクトをスタートさせた」と語り、大統領や政府関係者とも会見を重ね、基金を設立して土地を買い上げるトラスト運動を始めたのが89年のこと。手始めに環境団体グリーンピースが企画したプロジェクト・アルバム『レインボウ・ウォーリアーズ』に1曲提供したスティングは、続いてジョニ・ミッチェル、オリビア・ニュートン・ジョンなど賛同者を集めてレコーディングした「スピリット・オブ・ザ・フォレスト」やこの「フラジャイル」をフィーチャーしたプロジェクト・レコードを発売。さらに、88年のヒューマン・ライツ・ツアーで親交を深めたアーティストに協力を要請し、90年2月、ブルース・スプリングスティーン、ブランフォード・マルサリス、ドン・ヘンリー、ポール・サイモン、ジャクソン・ブラウンとともにレインフォレスト・ベネフィット・コンサートを敢行した。

 

また、ビバリーヒルズの映画関係社の自宅で、超高級なプライベート・ライブを開いたこともある。このときの参加メンバーは、ポール、ドン、ブランフォードに加え、ジョー・ウォルシュ、ブルース・ホーンズビーも顔を見せ、1枚300万円(!)というチケット代で、100万ドル以上を集めたという。92年には、レインフォレスト・ベネフィット・アルバム『アースライズ』を中心となって制作。ここには、この「フラジャイル」や「スピリット・オブ・ザ・フォレスト」の他、U2、エルトン・ジョン、スティーヴ・ウィンウッド、ジェネシスといった大物たちの曲を収録。商業的にも大成功となり、かなり多額の資金がレインフォレスト・ファウンデーションに贈られている。

 

こうした地球環境保護運動は継続が必要だが、スティングは「フラジャイル」発表から今日まで変わることなくベネフィット活動を続けている。それもアーティストが単に楽曲で協力するといったレベルではなく、運動のリーダーとして積極的に活動する姿が我々の目に焼き付いてしまうような活動ぶりだ。だからこそ「フラジャイル」は、スティングの一連の運動をイメージさせるし、さらに大きく“自然保護”のテーマ曲のように取り上げられているわけだ。アマゾンに限らず、湾岸戦争のときにオイルまみれになった鳥や、酸性雨で枯れ果てたヨーロッパの森林といった映像を見るたびに、人々の脳裏にこの曲が流れてくる。そういった意味でこの曲は21世紀に残すべき名曲のひとつであり、20世紀の間違った開発を後世に伝える、生きた歴史教材にもなると思う。心して聴くべし。