アルバム「UTAU』リリースに伴うツアー。
ステージにはグランドピアノ1台だけが用意してあって、そこに大貫と坂本が出てきて歌い、演奏するというライブである。シックと言えばシックだし、シンプルと言えば、まあ、確かにシンプルなライブである。
印象的なのは、坂本のピアノが和紙に描いた水彩画のような滲み加減で聴こえるのに対して、大貫の歌声はあくまでも輪郭がくっきりとしていたこと。
もちろん、付き合いも古い達者同士の顔合わせだから、相互関係のなかでそういう表現を意識的に選んでいるのかもしれない。
ただ、例えば「赤とんぼ」を演奏した後で大貫が「やるたびにどんどん坂本さんのピアノのテンポがゆっくりになっていきますね。そのうち、赤とんぼが飛べないくらいのテンポになっちゃうんじゃないの?」と笑うと、坂本が「僕はゆっくりであればあるほどいいんだけど、歌うほうはゆっくりだと大変ですよね」と答えるシーンがあって、その二人の間の何とも微妙な間合いのとり方がそのまま音楽の具合とも重なっているように感じられて、つまりはそう意識的なものでもないんだろうなと思ったということである。
いずれにしても、明晰であるが故に曖昧であることを選ぶ精神と、割り切れないことと向き合うために明解であろうとする精神が交差した地点で生じる音楽は、いま普通に世の中で流通しているポップ・ミュージックとは違う感触の心地良さをまとっていたことは確かだ。