ポール・マッカートニーとスティービー・ワンダーがピアノの上で歌う印象的なビデオ・クリップで有名なこのヒット曲は、1982年の全米No.1に輝いた。
この歌に込められているのは言うまでもなく“人間の平等”をテーマにした人種差別反対メッセージである。
エボニーとはインド南部原産のカキノキ科常緑樹である黒檀のことで、読んで字のごとく“黒い木材”。アイボリーとは象牙のことだから、この曲名は言い換えれば“黒と白”という意味で、転じてピアノの黒鍵と白鍵となる。
そもそもはポールが「黒鍵だけでも弾けるけど、両方使ったら素晴らしい音楽になる」と言われたことにヒントを得て作った曲で、それをスティービーにデュエットを持ちかけたのだ。ポールはかねてからスティービーを敬愛しており、アルバム『レッド・ローゼズ・スピードウェイ』の裏ジャケット左上部には展示で書かれた“We Love You”というスティービー宛のメッセージがあるなど、ポールの思い入れは相当なものだ。
ともあれ、モンセラ島のスタジオで2人揃ってレコーディングが行われたこの曲は、1982年4月10日にビルボード・チャートに初登場。1ヶ月後には見事No.1となり、ソロになってからのポールにとっては最大のヒットとなった。ちなみに、“ポール自身のNo.2は?”というと、マイケル・ジャクソンとのデュエット「セイ・セイ・セイ」だから、ポールは“デュエット上手”と言っていいだろう。
ところで、“黒と白”というイメージによって人種差別に反対する手法は比較的多い。1972年にスリー・ドッグ・ナイトによる「ブラック・アンド・ホワイト」があり、イン・エクセス83年の作品「ブラック・アンド・ホワイト」、そしてマイケル・ジャクソン91年のヒット「ブラック・オア・ホワイト」などがあるが、「エボニー&アイボリー」に比べると、どれも直接的過ぎるキライはあるだろう。
ポールの歌詞は「黒檀と象牙、完璧なハーモニーを奏でて生きている」というものだったが、例えばマイケル・ジャクソンの場合は「オレは生涯、有色人種と呼ばれて生きる気はない。白か黒かなんてことは関係ないさ」と歌っている。
整形に次ぐ整形でだんだんと脱色していったマイケル自身のなかにこそ“黒と白”の大きな問題があったのかもしれない。かつて、ジェームズ・ブラウンは「声を大にして叫ぼう。オレはブラック。誇りを持っている」と歌った(「セイ・イット・ラウド」:1968年のTOP10ヒット)。
この両者のメンタリティにはかなり開きがあるが、どちらも自身のアイデンティティに関わる問題であるのに対し、ポール版は“共存”のメッセージだからニュアンスは少し違う。同じようなスタンスをとっているグループにチャールズ&エディというデュオがいて、このブラックとホワイトのデュオは“二人合わせて調和すると素晴らしい”という意味を込めて、自らの2ndアルバムに『チョコレート・ミルク』というタイトルを冠した。このようなメッセージの発し方も面白いと思えるが…。
さて、もうひとつ象徴的な現実がある。エボニーもアイボリーも現在ではかなり貴重な材であるということだ。エボニーは先にも触れたが、黒くて固い木材ということで家具材としても人気だが、近年は減少の一途をたどっているという。日本では植林用に杉が選ばれているが、東南アジアではラワンも積極的に植えられていると聞く。
重くて固いものよりも、加工しやすいものを黒く仕上げることで“黒檀の味”を出そうとしているわけだ。その発想は、徐々に天然の本物から遠ざかっている我々の生活を象徴していないか。
一方、象牙はワシントン条約による規制の対象だが、当の産地であるアフリカ諸国と最大の消費国でもある日本との間でネゴシエーションがなされて条約による規制が緩んでいると同時に、アフリカでは、牙が無いか、もしくは短い象が急増している。
これは16世紀から続く乱獲の結果、本来希少だった牙の短い象の遺伝子を持つ象が相対的に増えたため、と言われている。エボニーもアイボリーも地球環境の劣化を象徴していることを考え合わせると、82年当時よりも現在のほうがなお「エボニー&アイボリー」が語りかけてくるメッセージは強烈だ。行間を読めば読むほど“深い”ヒット曲と言えるだろう。
※この連載は2000~2002年に「mc elder」および「mc」で連載した内容を加筆/再構成したものです。