Vol.4 ビリー・ジョエル「素顔のままで」 2010.7.31

ビリー・ジョエルが20世紀を代表するソングライターのひとりであることに異論をはさむ人はほとんどいないだろう。なかでも、1978年度のグラミー賞“レコード・オブ・ザ・イヤー”と“ソング・オブ・ザ・イヤー”の2部門に輝いた「素顔のままで:Just The Way You Are」は彼の代表曲として世界中でヒット、いまでも繰り返し聴かれている名曲中の名曲だ。

 ♪流行の服なんて着ないでおくれ/髪の色も変えちゃだめよ/今のままの君が欲しいんだよ♪(訳:山本安見)と歌われるこの曲は、ビリーの最初の奥さん、エリザベスへのデディケイト・ソングだ。

 

 エリザベスはビリーの無名時代のガールフレンドで、LAでのラウンジ・ピアノマン時代から彼を支えてきた存在。73年の結婚後もUCLAの大学院で経営を学び、76年にビリーがウィリアム・ガルシアのカリブー・マネージメントを離れると、マネージャーに就任しているほどの才女だ。

 

 しかも、ビリーの運はエリザベスとの結婚を機に上向きに転じ、CBSとの契約を勝ち取り、「ピアノマン」のヒットを呼んでいる。

 

 さて、「素顔のままで」は、アメリカではアルバム『ストレンジャー』の1st シングルとして78年に最高3位を記録しているが、日本ではアルバム『ストレンジャー』が発売された頃のビリーはまだマイナーな存在だったために、当時のレコード会社の営業サイドは“発売見送り”に傾いていたほどだった。

 

 日本で1stシングルに選ばれたのは、哀愁の口笛が印象的なタイトル・トラック「ストレンジャー」。しかも、アルバム発売時には「Just The Way You Are」には「そのままの君が好き」という邦題がつけられていた。それが後にシングル・ヒットを狙って「素顔のままで」に改題された。

 

 それだけアルバムのヒットが急速だったということだ。その象徴として語り草になっているのが初来日コンサート。チケット売り出し時には集客は大丈夫かと心配されたが、ヒットが広まるにつれチケットは売り切れとなり、来日時にはチケットを求めるファンはパニック状態に陥ったほど。このときのコンサートを見たか見ていないかがファン度の違いと言われるほどレアなショーとなったのだった。

1年後の2度目の来日が日本武道館2日間公演ということからも、その急成長ぶりがわかる。

 

 アルバム『ストレンジャー』はアメリカでも大ヒットとなり、CBSとしてもサイモン&ガーファンクルに次ぐビッグ・セールスを記録。「素顔のままで」は200以上のカバー・バージョンを生み、バリー・ホワイトのバージョンは収録アルバム『バリイー・ホワイト・ザ・マン』をプラチナムに押し上げるはたらきをした。

 

 ところが、この代表曲はいつの頃からかビリーのステージで演奏されなくなってしまった。2番目の奥さんクリスティー・ブリンクリーの嫉妬が原因だ。ビリーはエリザベスと82年に離婚。同じ年バカンスで立ち寄ったカリブ海の島で、スーパー・モデルのクリスティーにひと目惚れし、「イノセント・マン」「テル・ハー・アバウト・イット」「アップタウン・ガール」と次々に歌で口説いて84年に結婚した(94年、離婚)。

 

 このクリスティーが「エリザベスに捧げた曲なんて聴きたくない!!」と封印してしまったのだ。以来、グラミー2冠達成曲は、ビリーのステージのソング・リストから外されてしまった、というわけだ。実生活に則したビリーのソングライティングが生み出した“珍事”だが、この話、ここで終わらない。じつは、ヒット曲を封印してしまったクリスティーとの離婚が決まると、「素顔のままで」は生き返り、ステージでも披露されるようになったが、今度は「アップタウン・ガール」が封印されてしまったのだ。理由はいたって簡単。独り身になったビリーが新しく恋をした相手に気遣って、ビリーが自主的にクリスティーの思い出につながる曲を、お蔵に入れてしまったのだ。やれやれ。

※この連載は2000~2002年に「mc elder」および「mc」で連載した内容を加筆/再構成したものです。